オキシトシン神経が社会性と不安をつなぐ脳の仕組みを解明
奈良県立医科大学の山室和彦センター長(健康管理センター・精神医学講座)、池原実伸助教(精神医学講座)らの研究グループは、オキシトシン神経が社会性と不安をつなぐ脳の仕組みを、マウスとヒトを対象とした研究により明らかにしました。この研究成果は、精神疾患の病態理解と新たな治療標的の可能性を示唆するものです。
研究の背景
社会性と不安は、心の健康に大きく影響を及ぼします。人との関わりを楽しめない、あるいは強い不安や恐怖を感じることは、孤立やストレスを増大させ、精神的な不調につながる可能性があります。自閉スペクトラム症(ASD)や不安障害、うつ病などの精神疾患においては、社会性の低下と恐怖の制御の困難さが同時に認められることが多く、これらが脳内でどのように結びついているかは長年の研究課題でした。
この課題の鍵として注目されているのが「オキシトシン」です。オキシトシンは、出産や授乳に関与するだけでなく、人に安心感や信頼感をもたらす作用があり、「愛情ホルモン」とも呼ばれています。オキシトシンを投与することで、一部のASDの患者において対人関係の改善が見られることが知られていますが、すべての人に効果があるわけではなく、その作用機序は未解明でした。
脳内で特に注目されている部位の一つが「視床室傍核(PVT)」です。PVTはストレスや不安に関与すると同時に、社会行動や学習、報酬にも関与することが分かっており、「社会性」と「不安・恐怖」の両面を結びつける中枢的な役割を持つ可能性が指摘されていました。しかし、その中に存在するオキシトシン受容体を持つ神経細胞がどのように機能しているのかは、これまで十分に研究されていませんでした。
研究の成果
本研究では、まずマウスを用いてPVTのオキシトシン受容体(OTR)を持つ神経細胞を化学遺伝学的手法により選択的に操作しました。その結果、これらの神経細胞の活動を抑制すると社会性が低下し、恐怖記憶の消去が妨げられることが確認されました。一方で、活動を活性化すると恐怖記憶の早期消去が促進されることが示されましたが、社会性の改善は認められず、抑制時のみ明確な低下が確認されました。

対照的に、前頭前野のOTR発現神経を操作しても、社会性や恐怖反応には影響が見られず、PVTがこれらの機能において特異的な役割を担っていることが明らかになりました。さらに電気生理学的解析により、オキシトシン投与がPVT神経の発火様式を持続性発火へと偏らせ、全体として興奮性を高めることが示されました。
ヒトを対象とした研究では、ASD児を含む青年を対象に、唾液中のオキシトシン濃度と脳構造との関連が検討されました。その結果、唾液オキシトシン濃度が視床の神経微細構造指標(NDI)と有意に関連し、このNDIはASD症状の重症度(特に注意の切り替えやコミュニケーション困難)とも関連することが示されました。これは、末梢のオキシトシン濃度が視床構造を介して社会性や不安に関連する可能性を示唆するものです。
これらの結果を総合すると、OTRを発現するPVT神経細胞は「社会性」と「恐怖記憶の調節」の両方に関与する中枢的役割を担うことが示されました。動物実験とヒト研究を統合することで、オキシトシンが脳内で社会行動や不安をどのように調節しているのかが明確になり、ASDや不安障害などの精神疾患に対する新たな治療標的となる可能性が示されました。
用語解説
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オキシトシン: 人との信頼や安心感を深める働きを持つ「愛情ホルモン」。
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オキシトシン受容体(OTR): オキシトシンの信号を受け取る神経のスイッチ。
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視床室傍核(PVT): 社会性や不安をつなぐ脳のハブ。
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恐怖記憶の消去: 恐怖を「危険ではない」と学び直し弱める仕組み。
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化学遺伝学(DREADD): 特定の神経の活動を薬で操作できる技術。
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自閉スペクトラム症(ASD): 社会的コミュニケーションが難しい発達障害。
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社会性: 他者と関わり関係を築こうとする性質。
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前頭前野(mPFC): 意思決定や感情調整を担う脳の領域。
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神経微細構造(NDIなど): 脳のMRIで神経の密度を推定する指標。
発表論文
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掲載名: Brain
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タイトル: Oxytocin receptor neurons in the paraventricular thalamus as a nexus for social behaviour and fear
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著者: Kazuhiko Yamamuro†, Minobu Ikehara†, Yuki Noriyama, Mamiko Okuda, Kazuki Okumura, Kiwamu Matsuoka, Natsuko Kashida, Rio Ishida, Tsutomu Takeda, Michihiro Toritsuka, Tomoko Ochi, Toshiteru Miyasaka, Yumi Tai, Kouko Tatsumi, Tsuyoshi Hattori, Toshihiro Tanaka, Yasuhiko Saito, Nakao Iwata and Manabu Makinodan Kazuhiko Yamamuro†*(責任著者)
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掲載日: 2026年3月20日
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DOI: 10.1093/brain/awaf421

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